NEWS LETTER ニュースレター
2020/07/31(金) 7月20日 第3回 ソフトロボット創世シンポジウム(OPERA-新学術 3領域 融合シンポジウム)を開催しました
2020年7月20日 オンラインで第3回ソフトロボット創世シンポジウム(OPERA-新学術 3領域 融合シンポジウム)(テーマ~ <やわらかものづくりがもたらす、やわらかロボットの超進化と、ものづくりの新しい価値>)を開催しました。
山形大学の飯塚博 理事・副学長による開会挨拶、国立研究開発法人科学技術振興機構の中村道治顧問による来賓挨拶、山形大学の古川英光教授からの事業概要説明に続き、大阪大学基礎工学研究科の細田耕教授と日立製作所技師長・前日本機械学会の佐々木直哉会長の基調講演、さらにSOFUMO×科研プロジェクトやCNVFABプロジェクトの研究発表とパネルディスカッションが行われました。
●来賓挨拶●
国立研究開発法人科学技術振興機構 顧問 中村 道治様
COVID-19の流行は多大な経済的、社会的な損失を与えています。持続可能で誰もが取り残されない社会の実現を目指すSDGsの取り組み全体が、このパンデミックによって大きく後退することが懸念されています。このような状況下での科学イノベーションは、強靭な社会・経済の実現に向けた研究開発の優先度を高めるなど、未来のリスクに備えることが大切です。また産学官連携のもと、デジタル技術を活用したことづくりや価値創造を通じて、製造業や社会の革新的なトランスフォーメーションを、まず地域で実践し、国、海外にまで展開することが期待されます。さらに、科学技術イノベーション戦略を必ずやり遂げるという文化を根付かせるため、STI for SDGsロードマップを共有して取り組むことを強く推奨します。JSTのOPERAは、非競争領域での産学官連携を強めることにより、持続的な研究環境、研究体制、人材育成システムを持つプラットフォームを形成することを目的としており、競争領域への展開と社会実装に向けた継続的な発展を期待しています。
山形大学 大学院理工学研究科 教授 古川 英光
本シンポジウムは3つのプロジェクトの融合シンポジウムです。
1つ目のプロジェクトは「ソフトマターロボティクス(SOFUMO)」。やわらかい材料で構成されたロボットによって新しい価値を作り出すために、有機エレクトロニクス、有機デバイス、有機マテリアルなどをロボットと融合させる研究です。具体的には「フレキシブルデバイス」「印刷によるセンサの作成」「ソフトなアクチュエータの3Dプリンターによる作成」「ロボットの価値を高めるために電池を分散させ、小型化する」というテーマを融合させています。
2つ目は「ソフトロボット学」。科研費の新学術領域研究として、機電、物質、生体情報の有機的融合を目指しています。
3つ目はコンビニエンスファクトリー(CNVFAB)。インダストリー4.0や世界的な第四次産業革命という言葉も生まれていますが、有機材料に金属のナノシートや無機の酸化膜などのやわらかければ有機にこだわらない材料を組み合わせ、ハイブリッドの複合体による価値創造を目指しています。デジタルファブリケーション、3Dプリンターをはじめとする自動化されたテクノロジーで融合を進めています。
1.「やわらかヒューマノイド」
大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授 細田 耕氏
ロボットを使った知能の構成論的研究やソフトロボティクスの研究をしています。ソフトロボット学のメンバーでもあります。ソフトロボットの特長は、単にモノになじみやすいだけではありません。その「やわらかさ」のお陰で「感覚・運動・デザイン」の3つを拡張することができます。
例えば、そのうちの1つである「やわらかさが感覚を拡張することができる」という特長について、やわらかい触覚センサを例に説明します。センサを入れる 「ソフトフィンガー」という5センチくらいの指を、人間の皮膚構造を真似て作りました。骨に相当するボルトのまわりを、センサ素子を入れたシリコン製の真皮層と表皮層で覆った作りになっています。この指は、やわらかさのお陰で従来のセンサでは測れない「素材感」を測ることができます。しかしやわらかい素材の中に硬いセンサを入れるので、硬い素材とやわらかい素材との界面で剥離を起こし、センサが作動しなくなるという問題がありました。そんな中、古川先生との出会いで「やわらかい素材であるゲルが、センサとして使える!」ということに気づき、今2種類くらいのゲルのセンサを作っている最中です。
また、ソフトロボティクスの要となる「生体模倣」には3つの意味があると思っています。まず、ソフトロボットは生物の適応性に着目して始まったということで、「生体模倣はソフトロボットの出自である」ということ。また生物で採用されている方法をそのままソフトロボットでも使用することから「生体模倣はソフトロボットの一つの初期解」であるということ。そして生体模倣によって生まれた生体型のロボットから、逆にそこから得た知見を生物に戻して理解を深めるということで「生体模倣は構成論的研究としての出口である」ということです。
2.「これからのモノづくりにおける課題と期待」
日立製作所 研究開発グループ 技師長・元日本機械学会 会長 佐々木 直哉氏
将来を見据えたモノづくりにおける新しい視点を3つ紹介したいと思います。
まず1つ目の視点は「価値設計に基づくモノづくり」。これまでの「性能や品質」に重点を置いてきたモノづくりに、喜び、魅力、驚きなどの付加価値を加えた新しいモノづくりが大事だと思います。例えば、今までの掃除機は静音化のような性能がメインでしたが、これにデザインやスタイルなどの新しい魅力を加えるという形です。
2つ目の視点は、「人と機械が向かう将来」です。昔は、機械は人に一方的に価値を与えていましたが、昨今は人から情報などのデータをセンシングしてAIやIoTを使って分析し、その価値を人に返すという相互作用的な関係になっています。このことで、様々な価値が創出されると考えられます。
3つ目の視点は「データに基づく適切なCPS(サイバーフィジカルシステム)モデルの構築」です。CPSの構築にはシミュレーションモデルによる物理現象や社会現象を予測する技術とAIを中心とした相関関係の分析技術の2つの考え方があります。この2つをどのように重みをかけて組み合わせたCPSモデルが大事かを考える必要があります。
将来のモノづくりは、例えばコロナウイルスなどの例に見られるような不確実な事象が起こる社会が今後も続くと仮定すると、事前にニーズや価値を的確に予測し捉えるのは困難になると予想されます。したがって作り手の深い発想と、使い手の思いに寄り添い、新しい意味や価値を探索する、デジタルが密接につながったモノづくりになっていくと思います。これからは、意味や価値の不確実性、多様性においても本質的なものを見つけるため、「試行錯誤した結果、今が見えてくる」という後付けのモノづくりが重要になり、それをいかに効率よく早く回すかというのも1つのポイントになると思っています。
●研究発表(SOFUMO×科研)●
1.ゲルロボットインテグレーション
山形大学 有機材料システムフロンティアセンター 准教授 小川 純
やわらかい材料とセンサを組み合わせる研究をしています。例えばやわらかい素材でドアノブのキャップのようなものを作り、キャップとドアノブの間に圧電センサを仕込みます。そしてドアノブに対して「何もしない」「ひねる」「開ける」「閉じる」という、いろいろな人に4つの動作を行ってもらって変形パターンのデータを取り、「誰が開けたのか?」という個人を識別する装置を開発しています。
また、2019年の国際ロボット展で、「ゲル」で作ったやわらかロボ「ゲルハチ公」を発表しました。頭と前足をやわらかい素材で作り、頭部に複数の触覚センサを付け、触るとわんわんと吠えたり、首周りのライトが光るような、感情が表現できるロボットで、例えば病院の外に出られない人たちを癒す目的で作りました。現在、目の動きや作りをリアルにしたり、涙袋に涙をためてぽろっと、時間差で流すことができるようにするなど、バージョンアップをしているところです。人との「共感」をテーマにした「やわらかアニマロイド」のようなコンセプトでまとめ上げていく予定です。
2.電界を測る フレキシブルセンサ
山形大学 大学院有機材料システム研究科 准教授 松井 弘之
ソフトロボットは電界によって人の状態を知ることができますが、従来の電界センサ(一般的に表面電位計が知られている)では一点での計測のためイメージングに向かず、その上金属の振動板が入っているので薄型化、集積化も困難です。そこで有機トランジスタを活用して、薄型フレキシブルで、かつイメージングが可能な電界センサを開発しようとしています。
有機トランジスタはラップのような薄さの電気回路を作ることができ、曲面ややわらかいものの上に貼り付けて使うのに適しています。よって人と共存するやわらかロボット用の近接センサのようなロボットスキンを作ったり、非接触に人の健康状態を測るようなデバイスを作ることができるのではないかと考えています。このプロジェクトでは、延長ゲート型有機トランジスタを用いて電界を検出可能なセンサを開発し、自然に帯電した人の近接を検出することに成功しました。
3.生物の身体に備わる「やわらかさ」
筑波大学 システム情報系 研究員 郡司 芽久 氏
ふだんは動物の解剖学や骨の形を調べる形態学の分野に携わっています。具体的には、大型の陸上動物を解剖して、どのように体を支えているのか、どのように体を動かしているのかを調べています。
新学術領域ソフトロボット学の私たちのグループでは、脊椎動物のしなやかな体幹のダイナミクスに着目して研究を進めています。例えばキリンの首は、自分自身を支える剛性と頭の位置を変える柔軟性が必要な器官で、「椎間板」によって「剛」と「柔」をうまく切り替えています。そこで椎間板をサンプリングし、材料特性の解析を進めています。このように生物の身体の動きのしなやかさを定量的に評価して、ロボットを利用したダイナミクスの理解に繋げます。そしてそこから生物学的な研究の発展と、ロボティクスやエンジニアリングの面で接触を許容する、高速・高精度なマニピュレ―ション原理の抽出を行っていきたいと考えています。
●研究発表(CNVFAB)●
1. インクジェット
山形大学 インクジェット開発センター 産学連携教授 酒井 真理
インクジェットの液滴を吐出するデバイスであるプリントヘッドの開発やインクジェットに関するシミュレーション、インクレオロジー計測技術の開発を行う一方で、新しい応用としてインクジェット法有機ELディスプレイの製造開発を行ってきました。
実はインクジェットは多くの3Dプリンターの方式に採用されています。例えば材料がポリマーの場合、ポリマーの粉体の中に赤外線吸収のインクをうち、赤外線吸収インクに赤外線を当てることでポリマーを溶融させるようなパウダーベッドフュージョンと呼ばれる技術などがあります。
現在、3Dプリンターで造形するのと同時に、インクジェットでなにかしらの機能性材料を3Dプリンターの材料の中に埋め込んでいくことができるようなシステムを開発中です。
2.プロダクトイノベーションに向けたソフト・ハイブリッド材料の3Dプロセッシングの開発
山形大学 有機材料システムフロンティアセンター 准教授 川上 勝
ソフト材料(ゲル)・ハイブリッド材料(複合材)の3Dプロセッシング、3Dプリンティングの開発を行っています。
ソフト材料であるゲルについては、現在、3Dプリントの開発を進めています。ゲルは3Dプリンタにとって新しい材料であり、造形条件の決定が困難です。そのため実際に3Dプリントされたものの形状や機能を計測して、実験条件との関連性のデータベースを作っています。そして将来的にAIを用いて、製作者に3Dプリントの条件をアドバイスできるようなシステムを作ろうとしています。
また、しなやかで丈夫な複合材の造形については、FDM(熱溶解積層)という、熱で溶かしながら吐出するタイプの3Dプリンタを使っています。しかし、3次元的な形状に荷重やひずみがかかる物の製作は課題が多く、造形技術の改良が必要です。基礎研究によるブレイクスルーが必要になるので、構造、プロセス、材料の観点から複合材の強度発現のメカニズムを解き明かし、造形技術の向上に活かしていこうとしています。
株式会社LIGHTz 代表取締役社長 乙部 信吾氏
LIGHTzは、スペシャリスト思考のAI化と実務適用支援を行う会社で、山形にある金型メーカーなど4社からなるグループ企業の1つです。
これまでの山形大との共同研究では、ブレインモデルというスペシャリストの思考を言語化する技術を、IoTのセンシングデバイスと紐づけて、IoT金型にAIブレインが入ったようなIoTブレイン金型を作りました。
今回のプロジェクトは、職人が頭で考えているようなこと、つまりスペシャリストが最初に考えたことが次々と思考が移って展開されていくようなモデルをAIに結び付けるテクノロジーと、プラスチックの成形や3Dプリンティング技術とを結びつけるのが目的です。
また、私たちLIGHTzが実現を目指す「AI活用」の仕組みを「モノづくりOS」と呼称しています。具体的には「材料選定、設備・工具選定、工程設計」のアルゴリズムを動かす仕組みのことを指しています。これを古川先生などが掲げているデジタルファブリケーションやCNVFABという思想に基づいて、自律分散型のデジタル時代のモノづくりに繋げていこうと研究を進めています。
●パネルディスカッション●
ファシリテーター 山形大学 大学院理工学研究科 教授 古川 英光
パネリスト 東京工業大学 工学院 教授 鈴森 康一氏
ロボット分野フリーライター 森山 和道氏
大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授 細田 耕氏
日立製作所 研究開発グループ 技師長・元日本機械学会 会長 佐々木 直哉氏
山形大学 インクジェット開発センター 産学連携教授 酒井 真理
鈴森:文科省の科研費新学術領域「ソフトロボット学」の代表をしております。今までのロボット学は、従来の工学の価値観である速度、力、精度、確実性に基づいて進めてきました。しかし例えば「赤ちゃんを抱っこする」という動作は、人間なら簡単にできますが、今のロボット学の技術では信頼をもって優しく行うのは困難です。そのため、生体や融通適用など「やわらかさ」をキーワードとした「ソフトロボット学」を進めていく必要があります。「しなやかな身体」「しなやかな動き」「しなやかな知能」に「設計学」「物質」「情報学」を組み合わせた、新しい価値観に基づいたロボット学の一領域を作っていこうとしています。
森山:COVID-19でロボット業界がどういう影響を受けているのかについて話題提供します。需要減少による新規設備投資金額の減少や予算の凍結、実物のデモができないという状況の中で、スタートアップの人が苦労しているというマイナス面があります。一方プラス面としては、感染防止と事業継続がロボットの新しい用途になっています。例えば、コロナウイルスの影響で、トイレットペーパーや消毒液の物流量が一気に増えましたが、PALTACという日用品卸会社の倉庫ではコロナに先立ってMUJIN社他の3社の物流ロボットを導入していました。これまで人間が積んでいた荷物をロボットが代わりに自動で積むようになっていたわけです。この自動化のお陰で、物流量が2倍という急激な需要の増加に対応できたそうです。そこで私が思うのは、マイナス面は一時的な需要の先送りで、プラス面は不可逆的な構造変化なので、ひょっとしたら結果的にプラスの効果になるのではないかということです。また、社会を支えるエッセンシャルワーカーと言われる人たちが重要であると世界中の人たちに認識されましたが、その人たちの感染のリスクをどのように下げていくか、そういった技術を開発していただきたいと思います。そしてもう一つ、これからは「安全」をキープしつつ「安心」を感じさせるロボットが必要なのかなと思います。
佐々木:日本のモノづくりは今後どうしたらいいのか考えないといけないと思います。将来はマネージメントなどの全体を俯瞰するほうをAIがやり、人間は現場のモノづくりのほうをやる、と逆転するような気がします。また、データやエビデンス主導のモノづくりという大きな流れだけではなく、それと逆行するような、例えば人と人との関係性のような不確定なものを注視したモノづくりも再認識する必要があると思います。どちらにしても、技術者や研究者はシステムに組み込まれるのではなくて、自分なりの専門性の高さもあえて残しておくというのが大事かなと思いました。
細田:従来の産業ロボットは、ライン上に流れてくる仕事と、ロボットの位置がきっちり決まっていて失敗はしないというものでしたが、これからリスクの範囲内でいろいろな仕事をするために「柔軟性:適応性」が必要になってくると思います。制御の仕方をはじめ、ある程度の振れ幅の中でモノづくりをすることが大事で、例えば現場で学習するロボットを作るなどしていかないと、本当に僕らが安心してロボットにリソースを渡せるようになる時代は来ないかなという感じがします。
森山:MUJINのロボットは、今までは段ボールのサイズとか、重量とかを、事前に教えないといけなかったのですが、今はその必要がないそうです。試しに1個取って、ロボットが予想していた変化と実際の変化が実際に合っているかを最初の1個に照らし合わせて、OKならば次を取るというようになっています。全体としてはこのように「やわらかな仕組み」に変わっていくのかなと思います。
古川:ソフトロボットの概念は、山形大学は「やわらかい材料」ですけど、いろいろな考え方や物事をマネージメントするときの「やわらかさ」が、哲学的なところでさらに体系化されていくと、COVID-19対策でリソース配分するときに、もっとこういうふうに組み合わせたほうがいいよという方法が見つかりやすくなるのかもしれないですね。
酒井:私が思ったのは、人が労働によって賃金をもらい、それを消費するというこれまでの経済のサイクルが、ロボットが生産活動に関わる社会になっていくと、どのように回っていくのかということです。お金の回りがどうなっていくのか、興味があります。