NEWS LETTER ニュースレター
2022/03/29(火) 2月16日 CNVFAB×未来の製造業シンポジウム(日本工学アカデミー 融合シンポジウム)が開催されました。
2022年2月16日、日本工学アカデミーの協賛のもと、オンラインで「CNVFAB×未来の製造業シンポジウム(コンビニエンスファクトリー構想とナラティブものつくりが拓く未来)」を開催しました。
1 開会の挨拶
山形大学 学長 玉手 英利
山形大学では、コンビニエンスファクトリー(CNVFAB)構想の実現を目指し、研究開発を進めてきました。これまでの大量生産・大量消費社会から、個別生産・個別消費社会への転換がなされ、生産拠点のコンパクト化による最先端のものづくり産業の地方への分散が実現し、山形県が地方創成の先進モデル地域になることを確信しています。
また、本シンポジウムでは、日本工学アカデミーの「未来の製造業プロジェクト」が進めるナラティブものづくりについて紹介していただきます。リーダーの佐々木直哉様をはじめ、素晴らしい方々に講師として出席していただいています。皆様の多大なる理解とご協力に重ねて御礼申し上げます。
2つのプロジェクトの概念がこの場で融合することにより、ものづくり現場における課題解決や技術革新がもたらされ、日本に新たなものづくり革命の潮流が起こることを大いに切望しています。
2 来賓挨拶
国立研究開発法人 科学技術振興機構 顧問 中村 道治 氏
日本は、東日本大震災・福島第一原子力発電所事故を経験して以降、持続可能で災害に強い社会、人々のウェルビーイング(Well-being)を重視する社会に変えていくためのトランスフォーマティブ・イノベーションに力を入れてきました。OPERA事業では、そのための革新的な技術の育成を目指し、産学共同による持続的な研究環境、研究体制、人材育成システムをもつプラットフォームの形成を進めています。
山形大学では、OPERA事業として、ソフトマターロボティクスに取り組み、昨年9月に終了したばかりです。「やわらかいロボット」という概念を創出し、その可能性を知らしめたことは大いに意味があると考えています。さらに、コンビニエンスファクトリーという新たな構想の実現に挑んでいます。日本工学アカデミーが進めるナラティブものづくりとの掛け算により、環境にやさしい人中心の新しいものづくり産業を山形から生み出していただきたいと思います。
3 来賓挨拶
公益社団法人 日本工学アカデミー 専務理事 城石 芳博 氏
開催、誠におめでとうございます。このような盛大な会議の席にお招きいただき、大変光栄に存じております。本日は、工学アカデミー(EAJ)のご紹介も兼ねてご挨拶とさせていただきます。
EAJは、国際工学アカデミー (CAETS) の主要メンバーで、「人類の安寧とより良き生存のために、未来社会を工学する」という基本理念のもと、産学官の多様な分野の、広範な識見を有する指導的人材が集まり、国際連携、人材育成、地域発の科学技術イノベーションへの挑戦、政策提言の発信、などの活動を行っています。本「CNVFAB×未来の製造業シンポジウム」でご登壇、ご挨拶頂く、山形大学の飯塚博先生、古川英光先生、大場好弘先生には、EAJの東北支部でも大変お世話になっており、厚く御礼申し上げます。この「ナラティブものつくり」は、EAJの「未来の製造業プロジェクト」で策定が進んでいる未来の製造ビジョンで、EAJでは、府省の幹部に提言書を手渡して意見交換を行うなど、社会との関係の維持向上を図り、我が国ひいては世界の発展に資すことを使命として、関係各方面に政策提言を発信しています。本シンポジウムでの議論、共創を契機に、新たなイノベーションの潮流が起きることを楽しみにしております。
最後になりましたが、山形大学、CNVFABのご発展を祈念いたしますとともに、今後ともEAJとの連携を宜しくお願い申しあげ、ご挨拶とさせて頂きます。
【第1部】
4 CNVFABプロジェクト全体の研究開発の状況
領域統括:山形大学 教授 古川 英光
コンビニエンスファクトリー(CNVFAB)構想が目指しているのは、地域や個人のニーズに対応した少数多品種のやわらかものづくりです。例えば、今、山形県米沢市は大変な雪が降っています。「除雪作業を助けてくれる、私にぴったりのポカポカするやわらかアシストスーツがあったらいいな!」というニーズがあったときに、それを身近に実現できる技術基盤を構築したいのです。
そこで、山形大学が誇る3Dプリンティングやインクジェット、プリンティッドプロセス工学、ナノコーティング・ウェットコーティング、高速駆動有機トランジスタといった技術を集結し、CNVFAB構想の実現に向けた研究開発を進めています。
本シンポジウムを含め、これまで5回のシンポジウムを開催してきました。また、やわらかものづくりの産業技術・評価技術を網羅した『やわらかものづくりハンドブック』を2022年春に発刊予定です。山形大学発のCNVFAB構想を全世界に広めたいと思っています。
1) 「プロダクトイノベーションに向けたソフト・ハイブリッド材料の
3Dプロセッシングの開発・山形大学の研究推進」
山形大学 教授 伊藤 浩志
従来の造形技術は、材料の不要な部分を除去したり変形させたりして目的の形にする方法が一般的です。一方、3Dプリントは、3Dデータをもとに樹脂などを加工して立体的に造形する技術で、材料同士をくっつけて目的の形をつくるのが特徴です。3Dプリント技術の進歩とともに、マスカスタマーゼーション(個別大量生産)の需要は年々拡大しています。
現在の3Dプリントは、主に熱溶解積層(FDM)方式が利用されています。熱で溶かした素材を細いノズルから材料を押し出し、一層ずつ重ねていくことで立体物を造形します。ここで課題になるのが、積層した樹脂と樹脂の間の界面です。界面の強度が低いと、外力が加わると変形してしまうといった問題が生じます。
そこで、私たちはこれら界面の課題を解決するため、ナノタルクや金属粉末を複合化したFDM用の新規素材の開発や、成形条件の最適化などを行っています。最近では5軸ロボットを用いて成形方向を制御する研究にも取り組んでいます。
2) 「インクジェット評価技術と加飾への応用とOI機構の研究推進」
山形大学 教授 酒井 真理
インクジェットプリントはヘッドのノズルからインクを噴射して印刷する方式です。多様な表現ができ、家庭用も普及しています。しかし、製造業でインクジェットプリントを使う場合には、高い品質と信頼性が求められます。膨大な数のノズルや液滴の精密な管理を可能にするため、私たちはインク物性の計測やシミュレーションなどによる解析を行っています。
また、産学官連携を推進する「オープンイノベーション(OI)機構」の取り組みでは、インクジェット、3Dプリンター、ホールガーメント®という3つの技術を融合させて、新しいサプライチェーンをつくるため「デジタルマニュファクチャリングネットワーク(DMN)」を立ち上げます。デジタル技術により、企画、デザイン、設計、製造のプロセスを同時並行で進め、社会の変化に素早く適応した製品を実現する環境を整えようと、2022年から始動します。
3) 「柔軟な高速駆動・低損失エレクトロニクスデバイス形成技術の
開発・INOELの新潮流」
山形大学 准教授 水上 誠
通常、電子回路は硬い基板上に形成されるもので、やわらかい基板への電子回路形成技術はほとんど開発されていません。私たちはフレキシブル基材を基板とした高速駆動電子回路の実現を目指しています。企業と共同開発した有機半導体材料を用いて、従来を大きく上回る移動度をもつ有機トランジスタを実現し、この有機トランジスタにより高速に動作する論理回路を開発しました。また、金属メッシュと導電性高分子を組み合わせた電極や、その電極を埋め込んだフレキシブル基板や有機ELデバイスの開発も進めています。
山形大学の「有機エレクトロニクスイノベーションセンター(INOEL)」では、こうした技術の実用化を推進するための活動を行っています。国際連携も積極的に行い、「日本-ドイツ国際産学連携共同研究」に参画し、近赤外発光・受光素子を開発しています。
そのほか、印刷型有機ELパネルの事業化により、ベンチャー企業の設立を目指す取り組みも行っています。
5 基調講演 「照明ものづくりとGoodSleep」
睡眠マネジメント研究センター センター長 / 山形大学 教授 山内泰樹
睡眠に不満を感じている日本人は多く、睡眠の質に関するアンケート調査では、半数以上の人が「不満」「やや不満」と答えています。快適な睡眠を得るための商品は数多く販売され、スリープテック市場は2024年に10兆円にも上ると試算されています。
山形大学では、研究機関や企業で行われている数多くの睡眠研究を統合することを目的として2020年に「睡眠マネジメント研究センター」を設立し、睡眠問題の解決に向けた実証プラットフォーム「Good Sleepコンソーシアム(ぐっすりコンソ)」を立ち上げました。
睡眠課題を解決するためには、睡眠時だけでなく、1日のさまざまな活動にアプローチすることが重要です。本コンソーシアムでは睡眠に関わる9つのテーマ(住まい、寝具、香り、光、食、衣類、入浴、モビリティ、運動)にワーキンググループ(WG)を設置しています。会員同士の交流やアイデア創出の場を提供し、睡眠課題の解決策の提案と、それを社会に実装していくための活動を行っています。
例えば、光と睡眠のWGでは、寝入り、就寝中、起床時において、どんな波長の光をどれくらいの量、どのように与えると睡眠の改善につながるかを調べています。眠りやすい照明として、ろうそくの光のようにゆらぎのある光には、リラックス状態を示すα波を増加させる効果があることが知られています。そこで、寝室の照明にゆらぎを加えることで快眠が得られるのではないかと考え、感度の個人差を考慮して実験条件を設定し、生理応答や主観評価を記録しています。
Good Sleepコンソーシアムでは、「人類に快眠を!」を目指してこのような活動をしています。ご興味のある方は、事務局にぜひご連絡ください。
【第2部】
6 日本工学アカデミー未来の製造業プロジェクトの概要紹介
1) 「未来の製造業~人の心に寄り添う(ナラティブ)ものづくり~」
日立製作所 研究開発グループ シニアアドバイザー 佐々木 直哉 氏
日本工学アカデミーが進めている「未来の製造業プロジェクト」では、人の心に寄り添うナラティブなアプローチによるものづくりを提案しています。「ナラティブ」とは、自由に一人一人が主体となって語るというイメージをもつ言葉です。すでに医療現場では、患者が抱く想いや感情などを顕在化し、医師がその解決策を提供する方法論として、ナラティブなアプローチが浸透し始めています。
ナラティブなものづくりでは、サイバーフィジカルシステムでは抜け落ちがちな、使い手の多様な価値観や思想などの見えざる想いを抽出し、本質的な魅力や意味を見出します。こうして得られた重要な概念を「デジタルな魂」と呼び、デジタルな魂を具現化するものづくりを「ナラティブものつくり」と呼んでいます。
氷山モデルに例えると、現在は、氷山の見えている部分=顕在化している価値だけを見てものをつくっており、海の中に隠れている部分=将来のものづくりの新たなアイデアや意味のタネがどんどんやせ細っている状態です。ナラティブものつくりでは、氷山の隠れている部分を大きく醸成させ、海の上に顕在化させることで、新たな価値の生産性向上を目指しています。
その方法としては、まず最初に、先端的デジタル技術を用いて隠れているユーザーの想いや語りを発見、引き出します。その本質的な意味を理解・分析し、作り手がデジタルな魂としてものに注入し、プロトタイプをつくり、進化させていきます。このようなステップをアジャイルに回すことで、価値が見えていくるのです。つまり、従来のものづくりとは逆で、ユーザーの想いや物語が最初にあり、後付けで価値を発見していくのが特徴です。本プロジェクトの詳しい説明は報告書にまとめているので、ぜひご覧ください。
クリックしてください ⇒ 【EAJ報告書】
2) 招待講演 「「現状の課題と期待」 含むミレーの落穂拾い×アシストスーツ」
MAKErs SENSE株式会社 代表 中谷 光男 氏
パナソニック株式会社(松下電工)に30年ほど勤めていた経験から、ナラティブものづくりのヒントとなる事例を紹介します。
その1、ジョーバ。ヨーロッパには馬に乗って腰痛や関節痛を治す乗馬療法があります。ジョーバはこれにヒントを得て、腰の治療器として販売されましたが、全く売れませんでした。ところが、これをダイエット機器として販売すると、一大ブームになるほど売れました。
その2、ドアホン。ファミリーマートの入店時に流れる音楽は、もともとは松下電工のドアホンのチャイム音でした。今ではこのメロディーに歌詞を乗せるのが、ちょっとしたブームになっています。ドアホンという個人使用として開発されたものが、人々の動きによって大衆認知されるものになったという事例です。
その3、シェーバー。お客様から「シェーバーを新品で購入したのに満充電しても1回しか使えない」と問い合わせがありました。そのシェーバーを送っていただき、分解検査をしたのですが、何の問題も見つかりません。あとから分かったのは、そのお客様はお坊さんで、シェーバーで髪を剃っているとのことでした。そのような使用をされているとはメーカー側からは想像もつきません。
こうした事例はたくさんあります。ナラティブものづくりができると、メーカー側からは見えていない部分を、お客様から回収して商品開発ができるのではないかと思います。
最後にひとつ。ミレーの「落穂拾い」に描かれている女性たちにアシストスーツを着せ、作業負担軽減をわかりやすく表現したパナソニックの広告が、2020年に「ビジネス広告大賞」に選ばれました。ナラティブ×やわらかものづくりの未来のイメージではないでしょうか。
3) 招待講演 「ナラティブものつくりに向けた論点」
立命館大学 教授 善本 哲夫 氏
ナラティブものづくりとは、作り手の想いと使い手の想いを掛け合わせることで、個々に「本質的な魅力や意味」をもったモノ・コトの源(デジタルな魂)を作り出すことではないかと思います。
以前、イギリスの自動車メーカーであるモーガン社の製造現場を訪れた際、車のボンネットをハサミで切って調整しているのを見て驚きました。デジタル技術や自動化で効率化や最適化を目指すスマートマニュファクチャリングの潮流とは逆方向ですが、モーガン社のこうしたプロセスもユーザーにとっては魅力であり,何より作り手が楽しんでいる。このように、作り手と使い手がともに楽しさを共有できること,これがナラティブものづくりの目指すことではないでしょうか。
他方で,作り手や使い手は、それぞれ見る世界が異なります。個々の知識や体験を組み合わせながら新しい世界をつくり、協働で感動をつくっていく。つまり、ナラティブとは「集合知創発のための思考モード」ともいえます。
こうした思考モードによるものづくりを実現するために必要なのは、まずは作り手側の「遊休資源の生産資源化」です。社員のポテンシャルや知識、情熱や感性、そしてデッドストック化しているような技術…こうした社内にある「可能性の束」は,活用できていなければ遊休資源です。この可能性の束に働きかけることで,付加価値を生み出す新たな生産サービスを引き出すことできます。そのためにも作り手が「ものづくりは楽しい」と再確認できる仕組みが大事です。
また、「事後的合理性」を受容することも必要です。必ず売れるものをつくろうとするのではなく、作り手と使い手が一緒になって人工物を進化させていく,つまり今まで気づかなかった需要やコトを「産み出していく」というやり方です。
ナラティブものづくりは質的転換への挑戦であり、製造業の再活性化のチャンスです。日本がその先導を担っていくことを期待しています。
4) 招待講演 「デザインとナラティブ」
デザインエンジニア / 東京大学 教授 山中 俊治 氏
私はカメラや時計、家具、携帯電話などのプロダクトデザインをしています。デザインはまさにナラティブで、「デジタルの魂」のものづくりがぴったりであると感じます。
デザインの分野では、LoFi (Low-Fidelity) Prototypingという言葉がよく使われます。最終的なものではなく、最初に発見した価値を雑でもいいからプロトタイピングしていくという意味です。これはデジタルの魂の具現化に近いと思います。
例として、2004年にスタートした「美しい義足」プロジェクトを紹介しましょう。板バネを使ったスポーツ用の義足は、ヒトの足と全く似ていませんが、これを装着した選手の練習風景を見ていると、とても美しい。そこで、その美しさを形にしてみようとプロトタイプをつくりました。機能しないモックアップでしたが、価値観を明快に表明していたという意味ではまさに「魂」でした。これを見た切断者や義肢装具士、メーカーなどの方々が賛同してくれて、厚生労働省の助成金も得ることができ、数種類の実用的な義足を実際に作ることができました。
ただし、義足は一人一人にフィットさせるため、量産ができません。そこで、アディティブ・マニュファクチャリングの研究者である東大の新野俊樹先生とともに、3Dプリンターで義足をつくるプロジェクトを始めました。この取り組みは、マス・カスタマイゼーションを想定した未来のための実証実験となっています。
また、私の研究室では、3Dプリンターで全体の構造がいっぺんに出力される、つまり、組み立てや加工の必要がないロボットや、シンプルなのに妙に生き物っぽいロボットなどもつくっています。いずれも直ちに役に立つものではありませんが、こういうものを見て、面白いと共感していただいたら、それも「デジタルの魂」の第一歩かなと思います。
5 招待講演 「ものづくり企業のナラティブな問題解決」
インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ 理事長 / 法政大学 教授
西岡 靖之 氏
私は一般社団法人インダストリアル・バリュー・チェーン・イニシアティブ(IndustrialValue Chain Initiative:IVI)の理事長をしています。IVIはものづくりの企業からなる団体です。企業同士が協調して、IoT時代の新たな「つながるものづくり」を目指して活動しています。
従来のものづくりは、はじめに問題ありきで、効率の良い最適化された解決策が求められてきました。しかし、今の時代は問題が何なのか複雑でわからない。そもそも問題を解決すべきか、解決したら人々が嬉しいのかもわからないという状況です。そこで、ナラティブなアプローチが必要になります。
製造現場で重要なのは、「現状がどうなっているか」「何が問題であるか」を、営業担当者や現場のリーダー、生産技術者、生産管理者、工程設計者らが皆で共有するプロセスです。これは非論理的な部分で、人工知能にはできません。
そこで、「スマートシンキング」という方法を考案しました。スマートシンキングでは、現場の困りごとやあるべき姿を具体的な役者の活動で表現して理解を深める「やりとりチャート」や、原因となる事実を辿って根本の原因となる事実を発見する「なぜなぜチャート」など、16種類のチャートを使います。これにより、相互につながりを深める思考ができます。実際、さまざまな企業同士でスマートシンキングの実証実験をしたところ、最初はベクトルが合わなかったグループが、共通のゴールをもてたという成果が得られました。こうした経験から、ナラティブなアプローチは、新たな気づきや解釈、相手との深い共感や発想を得るのに有効であり、これからのものづくりに必要であると実感しています。
6 招待講演 「社会や人とナラティブ」
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人間拡張研究センター 研究センター長
持丸 正明 氏
私は顧客や従業員、住民とともに価値をつくる共創型の取り組みを行っています。
顧客共創型では、パナソニック(株)と共同で掃除に関する実験を行いました。被験者に生理量の変化を測定するセンサーをつけてもらい、カメラで行動を詳細に観察したあと、被験者へのインタビューを行いました。その結果、汚れが落ちるのを見たときや、掃除機で集めたゴミを見たときに「快」を感じており、掃除機が思い通りに動かなかったときなどに「不快」を感じていました。本人が気づかなかったことも引き出すことができ、ナラティブなプロダクトデザインにつながるのではないかと思います。
従業員共創型では、料理運搬ロボットを導入しているがんこフードサービス(株)の店舗で、仲居さんとロボットに位置センサーをつけ、両者の行動をマッピングして可視化しました。これにより、ロボットが料理を運んでいるときに仲居さんが時間を持て余していないかなどを知ることができます。ポイントは、こうした可視化ツールを使って、従業員たち自らが仕事の合理化を図るという点です。客観的なデータにもとづいた改善ができるため、従業員のワークエンゲージメントの向上にもつながります。
社会共創型では、千葉県柏市や三井不動産などが中心となって、柏の葉の街全体を舞台に社会問題を解決するソーシャルラボ構想を進めています。住民の方々に困っていることを付箋に書いてパネルに貼ってもらったり、住民参加型のディスカッションを行ったりし、そこから研究者や企業が気づきを得て、製品やサービス、システムに落とし込んでいきます。研究者自身もそのフィールドに入り込んでいくことが重要であると、活動を通して感じています。
【第3部】
7 融合討論 「ナラティブものつくりアプローチとコンビニエンスファクトリー構想の連携、
融合の可能性」
モデレーター/日立製作所 研究開発グループ シニアアドバイザー 佐々木 直哉 氏
コーディネーター/領域総括 山形大学 教授 古川 英光
山形大学 教授 大場 好弘
山形大学 教授 硯里 善幸
睡眠マネジメント研究センター センター長/山形大学 教授 山内 泰樹
MAKErs SENSE株式会社 代表 中谷 光男 氏
立命館大学 教授 善本 哲夫 氏
デザインエンジニア/東京大学 教授 山中 俊治 氏
インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ 理事長/
法政大学 教授 西岡 靖之 氏
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人間拡張研究センター
研究センター長 持丸 正明 氏
~ ナラティブとデジタルとの関係 ~
大場:ナラティブものづくりは、創造性があってワクワクします。一方、そこにデジタル技術を用いると、効率化重視の方向になったり、AIにコントロールされたりといった懸念はないでしょうか。
佐々木:デジタル技術はあくまでもツールという位置づけです。氷山の隠れている部分を大きくする、つまり価値やアイデアを貯めるためのツールであって、最後に氷山を上に引き上げるところは人間が考えて行うというイメージです。
山中:例えば、フィルムカメラがデジタルへと移行する際、技術者たちは写真を皆で共有できるようになったり管理が楽になったりなど、便利な未来を想像しました。しかし、インスタグラムのように写真を撮る行為自体が新しい価値をもち、人の生き方さえも変えてしまうということまでは誰も思いつきませんでした。デジタル技術は、新しい価値や人間の性質を見出だす方向に機能しますが、それを予想するのはとても難しいのです。そこに、ナラティブなアプローチが必要とされています。
~ 発散をどう収束させるか ~
山内:人文科学と自然科学の融合は、これからのものづくりに非常に重要だと思います。一方で、学際領域による多様性は、ものごとを「発散」の方向に向かわせます。これをどうやってものやサービスに収束させるのでしょうか。
持丸:収束させていくのは、人の思いだと思います。大事なのは、1人ではなく、複数人で収束させるということです。ただし、意見が合わないと収束しないので、自分の思いを伝える、共感を呼ぶ能力を身につけることも必要になります。私たちはそのためのトレーニングみたいなことも行っています。
善本:どう収束させていくかは、まさに人の役割が問われる部分ですね。
西岡:私は少し違う視点をもっています。ナラティブを「対話」と見れば、物語として編集して1つの作品に仕上げていく統合アプローチであり、それが収束ではないかと思います。誰かに何かを伝えるためにも、ストーリーにして語る統合的な手段がないと、相手に感動を与えられません。
山中:おっしゃる通りだと思います。私は学生たちに「新しい価値を伝えたいときは、無理やり論理的にするな」とよく言っています。みんなが「いいね」と共感する方向に収束させることが大事ですね。
~ いかに経営者や社会を巻き込むか ~
大場:ナラティブものづくりは、とてもいい提案だと思いますが、日本は株主優先や効率重視の経営者が多いと思います。ナラティブを浸透させるために、特に中小企業の経営者を仲間に増やしていけたらと思いますが、そのようなアプローチはされているでしょうか。
佐々木:今はナラティブという考え方をまず啓発して、皆様からの様々なご意見を聞いている未成熟の段階で、具体的なアプローチは次のステップになります。
中谷:日本人はナラティブな発想がしにくいのではないかと感じます。1つの分野で勉強を積み重ねると、物事を詳細に見れるようになる反面、大局に見ることが下手になります。大企業の設計者は自分のセクションのことしか知らない人が多く、これはリスクになり得ます。ナラティブものづくりの提案を機に、これまでのやり方を振り返らなければいけないと思います。
持丸:産総研では、企業と一緒にナラティブものづくりに類似する取り組みをしていますが、企業として本格的にこうした取り組みをしていこうという動きにはなっていません。実例を積み上げることで、いつか経営層に刺さることを期待しています。
硯里:ナラティブものづくりは、ナラティブ社会づくりに近いのかなと感じました。産業革命以降、効率化重視のものづくりが進められてきましたが、今は行き詰っている状況です。こうした行き詰まりは社会全体にいえることで、政治学や社会学にも関係してくると思います。だからこそ学際的なアプローチが必要なのですね。
古川:持丸先生のお話にあったように、市民を巻き込んだソーシャルな共創の場を作ることも、これから大事になってくると思います。今日のシンポジウムについても「一般の人が参加する敷居が低く、身近に感じられた」と参加者から書き込みがありました。私たちだけでなく、一般の方々にも未来の製造業の話を聞いていただけて、とても良い機会になりました。ありがとうございました。
8 講評
山形大学 理事・副学長 飯塚 博
私は月に数回、古川先生とやわらかものづくりやデジタルものづくりについて意見交換をしています。それでもまだ、理解が不十分でしたので、今日の未来製造業の話は大変参考になりました。
なかなか形にできない使い手と作り手の物語や思いをデジタル技術によって表現し、それをものづくりに活用するというナラティブものづくりの話を、とても興味深く拝聴しました。 形にできないものを表現するというのは、私たちが普段使っている「言葉」にもいえることで、言葉にした瞬間に自分のイメージと違うといったことがあり、それでも伝えるために言葉で表さざるを得ず、「方便」として言葉を使っています。デジタル技術は、ものづくりの世界での「方便」のようなものかなと思いました。そして、そこに対話のプロセスを組み込み、みんなで進化させていくというやり方は、自由で楽しそうで、新しいことが生まれそうな期待を感じました。ナラティブものづくりを目指す皆様には、ぜひ本学のCNVFABや有機材料の強みをもつ研究拠点と連携していただければ幸いに思います。
9 閉会の挨拶
山形大学 准教授 川上 勝
長時間にわたるシンポジウムにご参加いただき、ありがとうございました。本日は、CNVFABの研究開発の紹介と、日本工学アカデミーの講師の皆様からのナラティブをキーワードとしたご講演、そして、本学教員とパネリストによる実りある融合討論がありました。ナラティブをうまく取り入れたやわらかものづくりのアイデアは、CNVFABプロジェクトの今後の方向性や出口のあり方に対して、非常に有益なものになると確信しています。
最後に、古川先生からの話にあったように、本プロジェクトにて『やわらかものづくりハンドブック』の発刊を予定していますので、ぜひご参照ください。本日の講演と討論を取り入れて、本プロジェクトをよりいっそう推進していきたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。
本日のシンポジウムを閉会させていただきます。ありがとうございました。