NEWS LETTER

2019/10/10(木)

株式会社 ソニーコンピュータサイエンス研究所 リサーチャー
一般社団法人 ウィキトピア・インスティテュート 代表理事
竹内 雄一郎 氏
「3Dプリントで実現する『みんな』でつくる未来都市」

●街づくりに興味をもつ情報工学の研究者●
 私はカナダのトロント生まれです。東京大学工学部から東京大学大学院新領域創成科学研究科に進学し、2008年に博士号を取得しました。専攻は情報系で、ずっとコンピュータにかかわる研究をしていました。博士号を取得後、いま所属するソニーコンピュータサイエンス研究所に就職しました。そののち、米国ハーバード大学の建築と都市計画の大学院に留学し、2012年に2つ目の修士号を取得しました。ニューヨーク大学の客員研究員や科学技術振興機構のさきがけ研究者なども務めました。
 ソニーコンピュータサイエンス研究所は、ソニー内の他の研究所ではやっていない、事業にすぐには結びつかないかもしれないが将来的に大きなインパクトが期待できるような研究を行う場です。その中で、私は現在、情報工学と建築・都市デザインの境界領域に興味をもち、さまざまな研究やプロジェクトに取り組んでいます。そのいくつかをご紹介します。

●建築の一部としての「庭」を3Dプリントする●
 「Printable Garden」は、植物の生い茂る「庭」を3Dプリントしようというプロジェクトです。4~5年くらい前に3Dプリンターのブームがきたとき、自分も使ってみようと思いました。当時、建築の分野では、建築物を3Dプリンターで作ろうとする人がたくさんいました。しかし、都市の環境は狭義の建築物だけで構成されているわけではなく、芝生や街路樹、壁面緑化や屋上庭園などといった「半自然」的な要素もその重要な一部です。これらの「半自然」も3Dプリンターで作ることができれば、都市空間を構成するあらゆる要素を3Dプリントできるのではないかと考えました。そこで、土を使わず、代わりに3Dプリント可能な人工的な素材で土台をつくって種をまき、栽培することにより「庭」を作ろうと考えました。
 それまで3Dプリンターの研究に携わったことはなく、また、植物栽培の経験もあまりなかったので、ずいぶん試行錯誤しましたが、現在ではある程度まで手法が確立しています。まず、市販の3Dモデリングソフトを用いて土台となる構造物の3次元モデルをPC上で構築し、それを自作のスライシングソフトに読み込みます。さらに、土台のどの部分にどの植物を生やすのかを指定します。このデータを変換して3Dプリンターに送り、土台となる構造物を3Dプリントします。構造物は細かなメッシュ状にプリントし、表面ほど密で、内部は根が伸びるよう疎にしています。市販の樹脂をいろいろ試した末、合成ゴムであるSBS(styrene-butadiene-styrene block copolymer)と、水溶性の合成樹脂であるPVA(polyvinyl alcohol)を7対3の比率で混ぜた素材を使うことにしました。この素材を用いて3Dプリントした構造物をいったん水にさらすと、PVA部分が水に溶けてメッシュの枝が多孔質になり若干の保水性をもつようになります。残りのSBSはゴム素材なので根の成長につれてメッシュ構造が広がります。
 この土台に、植物の種を植えます。3Dプリンターでよく使われるシリンジを改造したヘッドを使い、高分子ポリマーのゲルと種を混ぜ合わせたものを、さきのデータのとおり土台の上に落としていきます。私たちの使っている3Dプリンターはオープンソースのものなので、基板の入れ替えによりこのように新しい機能を付け加えることができます。
 この種を芽生えさせ、成長させることで「庭」が形成されます。最初は会社の実験室で植物を育てていましたが、温度や光などがきちんと制御された環境で育てないと再現性のあるデータが取れません。そこで、現在は植物栽培を専門とする業者に依頼し、温度や湿度などが一定に管理された環境のもとで栽培しています。
 これまでに、バジルやマリーゴールド、トマトなどさまざまな植物を栽培できることがわかってきました。現在は小さな植木鉢サイズの土台しかプリントできていませんが、大型の3Dプリンターを使っているので、技術がこなれてくれば「庭」と呼べるサイズまで大型化できると考えています。将来的には、メダカとかホタルなどの野生生物の棲めるような、池や水草のあるビオトープ、さらには、もっと大きな自然環境も3Dプリントできるのではないかと期待しています。

●1つの装置でさまざまな照明を仮想的に作り出す●
 万能のパネル型照明装置の開発も私の研究テーマの1つです。これは、多数のレンズを並べたパネルを用いることで、スポットライトやシャンデリア、あるいは、現実にはないような効果を持つ照明など、さまざまな光源の光を一台で再現する装置です。レンズの裏には液晶パネルが配置されていて、個々のレンズを通る光をプログラムで制御することで、さまざまな光を再現します。たとえば、天井にこの装置を敷き詰めたとすると、そこに蛍光灯が欲しいと思えば蛍光灯がフワッと出現する、といったように、自由に部屋の照明を操作することができます。
 この技術は、裸眼3Dディスプレイの技術を応用したもので、現在はプロトタイプの段階でモノクロですが、理論上はフルカラー表示が可能です。今は実用化に向けて解像度の向上を目指しています。将来的には公共空間に設置して、みんなで自由に広場や公園の光を設計し効果を楽しんだりできるようにしたいと思っています。
●Wikitopiaプロジェクト●
 ここまで2つの技術を紹介してきましたが、これらを内包する、より上位のプロジェクトとして、Wikitopiaプロジェクトというものを進めています。これは、オンライン上の百科事典Wikipediaのように、「みんな」で編集して未来の都市(=Wikitopia)を実現することを目指すプロジェクトです。
 Wikitopiaプロジェクトでは、大きく分けて、1)都市をエディット(編集)する技術群と、2)公益の増進を保証する情報システムの、2つのカテゴリーに属する技術開発が必要だと考えています。さきに述べた「Printable Garden」と「万能の照明技術」は、都市をエディットする技術の1つと位置づけています。
 Wikipediaのように街をつくるという考えは非現実的なことのように思われるかもしれません。しかし、似たような試みは、世界でトレンドになっています。その先駆けとして、米国サンフランシスコ市には、「パークレット(Parklet)」と呼ばれる、道路脇の駐車スペースにつくられた小さな公園が70個ほどあります。これらは、自治体が作ったものではありません。地元の住民が自治体にプロポーザルを提出し、自治体がそれを審査して、製作の許可を出したものです。ただし、自治体は製作費を出さず、住民が構築し維持しています。この制度は10年ほど前に始まり、現在では、同様の制度が世界各地の都市に広がっています。
 Wikitopiaプロジェクトでは、このような新しい都市デザインの潮流に倣い、そこに先進的な科学技術を取り入れることで、住民の手による街づくりをさらに加速させていくことを目指しています。このような目的のもと、多岐にわたる活動を行っています。さきに紹介した2つの技術開発以外では、たとえば合意形成のための新しい「言語」の開発を進めています。
 SNSなどネット上での議論ではしばしば「炎上」が起こります。「みんな」で編集して街づくりをするWikitopiaにおいても、住民間で意見の対立が起こることは容易に予想できます。そこで、さきに述べた「公益の増進を保証する情報システム」の開発の一環として、「みんな」で議論し合意を形成するための新しい言語の開発を進めています。日本語や英語などの自然言語を用いて議論すると、そこにはどうしても「感情」が入ってきてしまいますので、オンラインにて議論し合意を形成することに特化した言語を作ってはどうかと考えたのです。ちょうど、プログラミングの際に、目的によって異なる言語を使うのと同じです。
 またWikitopiaプロジェクトでは、2018年に「Wikitopia International Competition」と題した国際的なコンペを開催し、Wikitopiaを実現する具体的なアイデアを広く募集しました(https://wikitopia.jp/competition/index.html)。計170点の応募があり、受賞作品の一部は2019年5月、東京の銀座ソニーパークにて展示されました。みんなで街をつくるというWikitopiaのコンセプトに倣い、来場者が付箋により自由にコメントをつけられるようにしました。こうした試みを通して、ありがたいことに徐々に賛同者や協力者の輪が広がってきているので、今後は現実の都市空間における実験を進めるなどより直接的に社会と関わり、都市のあり方を変えていくことを目指していきたいと思っています。